キンモクセイの香りを蒸留してみました
キンモクセイの香りを蒸留してみました。
秋になると、どこからともなく漂ってくるキンモクセイの香り。
姿を見るより先に香りでその存在に気づくことも多く、私にとっては「秋が来た」と感じさせてくれる香りのひとつです。
そして実は、キンモクセイは私にとって、ずっと昔から特別な植物でもあります。


私の「香りを集める」原点
まだ小学生だった頃のことです。私はキンモクセイの小さなオレンジ色の花を集めて、冷凍庫に入れたことがあります。
なぜ冷凍庫だったのでしょう。今となっては、そのとき何を考えていたのか、はっきりとは覚えていません。ただ、きれいなオレンジ色の花と、そこから漂う甘い香りを集めて、そのまま残しておきたかったのだと思います。
もちろん当時の私には、植物をアルコールに浸して成分を取り出すチンキや、植物油に浸して油溶性の成分を取り出すインフューズドオイル、水蒸気を使って香りを取り出す蒸留といった方法があることなど、思いもつきませんでした。
今になって振り返ると、あれは私が「香り」というものに強く興味を持った、一番古い記憶なのかもしれません。
それから長い年月が経ち、今は季節の植物を観察し、実際に触れ、香りを確かめ、ときには水蒸気蒸留をして植物の香りを集めています。
方法はまったく違っていても、「この植物の香りを集めて、残してみたい」という気持ちは、小学生の頃からあまり変わっていないのかもしれません。
今年もキンモクセイが咲き始めたとき、そんなことを思い出しながら、もう一度この香りを蒸留してみることにしました。
今度は冷凍庫ではなく、小さな蒸留器を使って。
キンモクセイの花を、じっくり観察してみる
キンモクセイはモクセイ科モクセイ属の常緑樹です。
学名は Osmanthus fragrans var. aurantiacus とされます。秋になると葉の付け根(葉腋)に、小さなオレンジ色の花をまとまって咲かせます。
キンモクセイというと、まず「香り」に目が向きますが、小さな花を拡大してみると、なかなか面白い姿をしています。
花びらが4枚あるようにも見えますが、実際には花冠が深く4つに裂けた「4裂」の花です。

濃い緑色の葉と小さなオレンジ色の花の対比も印象的です

キンモクセイには雄株と雌株があります。日本で身近に植えられているキンモクセイは雄株が多く、たくさん花が咲いても実を見る機会はほとんどありません。
今回花を採取した木も、これまで実がついているところを見たことがありません。花を大きく撮影してみると、雄花のつくりも観察することができました。
香りだけでなく、実際の植物を近くで見てみる。すると、それまで気づかなかったことがいろいろ見えてきます。
キンモクセイの花を集めて、水中蒸留してみました
今回使ったのは、HARIOの小さな蒸留器です。
集めたキンモクセイの花は約10g。蒸留器に入れた水は約70mLです。
今回は、花を水の中に直接入れて加熱する「水中蒸留」で試してみました。


熱源は小さなキャンドルです。温められた水と花から蒸気が上がり、上部で冷やされて、再び液体となって一滴ずつ落ちてきます。

この日はInstagramライブをしながら、蒸留の様子をご覧いただきました。
ライブは約20分。その間にも少しずつ液体が落ちてきましたが、採れた量はほんのわずかでした。
そこでライブ終了後もそのまま蒸留を続け、約2時間で10mLほどを採取。さらに蒸留後の花を再加熱して約5mLを採り、最終的には合計約15mLの芳香蒸留水を得ることができました。
昨年の蒸留とは、香りがずいぶん違いました
実はキンモクセイを蒸留するのは、今回が初めてではありません。
昨年は「ピュアスティラーライト」という今回より大きな蒸留器を使いました。花は約50g、水はおそらく250mL程度。約90分蒸留して、芳香蒸留水を約200mL採取しています。
ところが、昨年採れた芳香蒸留水は、私が期待していたキンモクセイの甘い香りとはかなり違うものでした。
どちらかというと青臭さが目立ち、「キンモクセイらしい香り」はあまり感じられなかったのです。
それに対して、今年の小さな蒸留器で採れた芳香蒸留水は、ずっと甘く、やわらかな香りに感じられました。
花の量も、水の量も、蒸留器も、加熱方法も、採取した芳香蒸留水の量も違います。そのため、単純に二つを比較して原因を決めることはできません。
ただ、同じキンモクセイでも蒸留条件によって、得られた香りの印象がこれほど違うということは、とても興味深い経験でした。
芳香蒸留水をミストにしてみると
今回採れた芳香蒸留水を、ミストとして空間に散布してみました。
花に顔を近づけたときのような、濃厚なキンモクセイの香りではありません。
けれどもミストが空間に広がると、ほのかにキンモクセイの香りが漂ってきます。
私にはそれが、秋の屋外を歩いているとき、近くに木の姿は見えないのに、どこかで咲いているキンモクセイの香りが風に乗って、ふわっと届いてくる——そんな香りに感じられました。


小学生の頃、冷凍庫に閉じ込めようとしたキンモクセイの香り。
何十年も経った今、小さな蒸留器から得られた香りは、花そのものを閉じ込めたような香りではなく、「風に乗って届いてくるキンモクセイ」のような香りでした。
それもまた、蒸留という方法で植物の香りを集める面白さなのだと思います。
では、キンモクセイの香りは何からできているのでしょう?
ここから少し、香りを化学の目で見てみます。
キンモクセイの香りには、さまざまな芳香成分が関わっています。
長島司著『ビジュアルガイド 精油の化学2 日本の精油と世界の精油』に掲載されているキンモクセイアブソリュートの成分組成では、トランス-リナロールオキサイド21.1%、シス-リナロールオキサイド14.6%、γ-デカラクトン11.7%、デカノール9.2%、β-ヨノン5.9%、リナロール2.4%などが示されています。
ただし、ここで大切なのは、これが今回私が採った芳香蒸留水の分析結果ではないということです。
これは「キンモクセイアブソリュート」の分析例です。
キンモクセイには「アブソリュート」があります
キンモクセイの花は、これほど強く香るにもかかわらず、一般的なアロマテラピーで使われるラベンダーやローズマリーのような水蒸気蒸留精油として見かけることはほとんどありません。
香料として流通しているものには、溶剤抽出によって花の香りを取り出した「オスマンサス・アブソリュート(Osmanthus Absolute)」があります。
アブソリュートは、水蒸気蒸留によって得られる精油とは抽出方法が異なります。そのため、抽出される成分や香りの印象も同じではありません。
文献では、キンモクセイの香りに関わる成分としてリナロールオキサイド類、ヨノン類、γ-デカラクトンなどが紹介されています。
ヨノン類はキンモクセイらしいバイオレット調の香りに、γ-デカラクトンはそこへミルキーで甘いニュアンスを加える成分として説明されています。
キンモクセイの花を嗅いだときに感じる、単純な「甘い花の香り」だけでは表現しきれない独特の香り。その背景には、こうした複数の芳香成分の組み合わせがあります。
今回の芳香蒸留水については成分分析をしていません。そのため、アブソリュートに含まれるこれらの成分のうち、何が、どの程度芳香蒸留水に移ったのかは分かりません。
けれども、花そのもの、アブソリュート、そして水と熱を使って得られる芳香蒸留水では、同じキンモクセイでも香りが違う。
実際に植物を蒸留して香りを確かめてみると、「植物の香りを取り出す」ということの面白さと難しさを、あらためて感じます。
植物を見て、香りを嗅いで、実際に蒸留してみる
植物について本で学ぶことも、精油や芳香成分について化学的に学ぶことも、とても大切です。
でも私は、それと同じくらい、実際に植物を見て、触れて、香りを確かめることを大切にしています。
小さなキンモクセイの花を拡大してみれば、肉眼では気づかなかった花のつくりが見えてきます。
実際に蒸留してみれば、生花とは違う香りが現れます。そして同じ植物でも、蒸留方法や条件を変えると、また違った香りに出会うことがあります。
小学生の頃、キンモクセイの花を冷凍庫に入れた私は、そんなことを何も知りませんでした。
ただ、「この香りを集めておきたい」と思っていました。
今も季節の植物を蒸留しているとき、やっていることの根っこは、案外あの頃と変わっていないのかもしれません。
今年もまた、秋の香りをひとつ集めることができました。
参考にした書籍
・長島司『ビジュアルガイド 精油の化学2 日本の精油と世界の精油』フレグランスジャーナル社
・川島みどり『芳香蒸留水の本』
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